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対談宮脇会長と福地名誉会長人生を大いに語る!

会誌「瓊林」記事紹介(第113号より)

尊敬する叔父が長崎高商出身だった

(司会)
 本日は、宮脇会長と福地名誉会長にお忙しい中をご出席頂き、「人生を大いに語る!」というタイトルで、ここNHKの会長室で対談をお願いしました。早速お話をお伺いしたいと思います。
 最初に、長崎大学経済学部を受けられた動機からお聞かせください。
(宮脇)
 私は中学時代に転校してきて、片渕に住んでいましたが、その後下西山に下宿が代わって、そこに経済学部の学生さんがいて、楽しい学生生活を送られているのを見て、経済学部の学生さんっていいなという印象を持っていました。それと周辺に、片渕中学校と東高校と経済学部が固まってあったので、それに日常的に馴染んでいて、経済学部を受けるのが当たり前みたいな気持ち」になっていたので、自然の成り行きで経済学部を受験しました。
(福地)
私が、長崎の経済学部を受けたのは経済学部が一科目制だったんですよ。私は小倉高校商業科出身でね、商業科目があるから、数学なら数学で二科目、理科で二科目というわけにはいかなかった。一期校で一科目制は九州は長崎だけでしたし、九大は二科目でしたから。それに関門トンネルをくぐるのは祖母に絶対駄目だと反対されたことや、尊散する叔父が長崎高商出身だったということも、経済学部を受けた大きな理由です。  

自分がゼミで学んだことを
実践するのは、現実には難しい

(司会)
 お二人とも、学生時代はどういう学生生活でしたか。
(宮脇)
 ゼミは「労働経済」を選びました。アメリカの労使関係をテーマにしたもので、その内容は、「労働者と使用者は相対峙するもので、絶対に折り合うことはない」というものでした。このことが非常に頭にあって、銀行に就職してから実際の組合活動を経験してみて、労働者と経営側が徹底的に対立していなければならないという、自分が学んだことは、現実には難しいと感じました。しかし、組合側と妥協を重ねることは、学んだことと違ってくるし、そのジレンマがありましたので、結局執行部に入りませんでした。
(福地)
 ゼミは坂口教授の経営経済学でした。ゼミの人数が多くて、本当はもう少し少なくても良かったんですけれども、数学は嫌いだったし、法律系も少し厳しいなということで、それを選んだんですよ。ただ、私ね、卒論のテーマが、「経営における人間関係論」というものでしたが、今でも原稿 を持っているんですが、坂口教授のテキストがマサチューセソツ工業大学の教授の「経営組織における人間の問題」という、いわゆるフォードシステムの反省に立った人間関係論即ち流れ作業から人間関係の重視の経営にアメリカが変わっていくという、そういったものに共鳴したんです。

マイダス王という浪費する
王様の名をとって、マイダス会を

(司会)
 学生時代の思い出に残るお話はありますか。
(福地)
 楽しかったことは、私の仲間が十数人いまして、片渕の私の下宿の家に集まりまして、大学へ行くよりも私の家に居たほうが多いぐらいでした。ケインズの一般理論の読書会ではないけれども、経済学系の勉強を自分たちでしようじゃないかと、ケインズの読みまわり会を始め、それで会の名前をケインズ一般理論に出てくる浪費をする王様、マイダス王の名前をとって、「マイダス会」というのを作って、やっていました。それが一番楽しかったですね。
(宮脇)
軟式テニスをやっていたので、仲間と一緒に合宿をやったり、遠征に行ったりしたのがなつかしい思い出です。その頃学館闘争というのがあって、授業も駄目、クラブも駄目というのがあって、仕方が無いので県立短大や活水短大へ行って練習したのが逆に楽しかったですね。
(司会)
 サラリーマン生活で印象に残ることってありますか。
(福地)
 印象に残るのは、二〇〇〇年、二〇世紀の最後の年、アサヒビールの歴史は六〇年になりますが赤字を出したのは私の時一回しかなくて、売上高は前年を上回り、営業利益もそうでしたが、その代わり負の遺産を全部きれいにして、二〇世紀のアカは全部落としてしまいました。二十一世紀のスタートの年には発泡酒を出したこともありますが、過去、売上高も利益も最高となりまして、とても印象に残っております。

冷静な頭脳と人を思いやる視点が重要

(司会)
 好きな言葉や座右の銘はありますか。
(宮脇)
 「クールヘッド、ウォームハート」という言葉があります。これはケインズの師にあたるアルフレッド・マーシャルが、経済に関わろうとする若者に言った言葉です。この言葉は三〇代の頃だったと思いまずが、私が融資を担当していた時に、先輩からこの言葉を大事にせんといかんぞということを言われて、それ以来、融資というのは数字だけで考えるのではなくて、相手の立場に立って考えるという心の部分が大事だということを肝に銘じてきました。この言葉は、後輩にも伝えて守ってもらうようにしています。
(福地)
 座右の銘は、「人生意気に感ず」ということと、二期一会」と小倉高校の先生が書いて下さった「一隅を照らす」という言葉で、今でも持っていますよ。五十四年前のもので、寄せ書きです。当時紙も悪いのでぼろぼろです。「人生意気に感ず。誰かまた功名を論ぜん」この言葉藻とても好きです。私が書いたのが「忘れる無かれ、師友の愛」というものです。

目が覚めるのが四時過ぎで、
それからテレビをつけてストレッチ

(司会)
 休日はどう過ごされていますか。
(福地)
 私はリズムを大事にするので、休日も平日も余り変わらないのですが、自然に目が覚めるので目覚ましが要らないんですよ。三時にと思って寝たら三時に目が覚め、五時か六時にと思ったらその時間に目が覚めます。普通、目が覚めるのが四時過ぎで、それからテレビをつけてストレッチをしながら三〜四〇分、四時半過ぎか五時前に起き上がって、顔を洗って、今日も五時過ぎに外に出て、ウォーキングをして、六時きっかりに帰ってきて、ひと風呂あびて、それから食事をします。
毎日それを続けておりますが、休日はそれから自分の書斎に入って、一週間分の挨拶とか講演とかの整理をして、午後からは図書館と本屋に出かけます。それから観劇を月に二回か三回、私が理事をしている新宿にある新国立劇場のオペラやバレエ、もう一つは私が館長をしている東京芸術劇場の出し物、豊島区で行っている演劇関係の出し物などを見ております。それが休日の過ごし方です。
(宮脇)
体を動かす機会がなかなかないので、ゴルフ、ドライブ、庭の草むしり等をやっています。

会長はトップでないとけない

(司会)
 最後に瓊林会活動について、お話をお伺いしたいと思います。
(福地)
 瓊林会の仕事は卒業させてもらったけれども、本当に皆さんの協力をいただいて、楽しかったです。なかなかやりがいがありました。期間は七年間です。宮脇さんが十八銀行の頭取になられて、これは会長を引き継ぐチャンスだと、これを逃してはいけないと。やはり会長はトップでないといけません。それで本人に言って断られてはいけないと思って、それで外堀から埋めようと思って。
(宮脇)
 内堀も外堀も埋められてしまいました。周りは全部、あと十年はやっていただけるものと思っておりましたからね。自分にお鉢が回ってくるとは、まさに青天の霹靂でした。
(福地)
 これからの瓊林会というのは、長崎が元気が出たらいいですね。東京は離れているからどうしても集まりますよ。懐かしいから。
長崎大学を出て、長崎にいたら、いつでも隣に居るという感じだから、わざわざ支部総会に出なくてもということになるのかもしれませんけど。
(宮脇)
 会長時代は、全国の支部をお回りになられたんでしょう。
(福地)
 全国を回りました。九州の宮崎がなかなか機会がなくて、回れなかったんですが、宮崎銀行が中心になって開催頂き、去年やっと行くことができました。四国はそれぞれ行ってないんですが、道後にみんな集まってくれました。
(宮脇)
 今は四〇〇人の卒業生が出て、地元にその大半が残るという時代になってますよね。
(福地)
 今からの課題というのは、女性の組織化をどうするかですよね。前に女性の何とか会というのがありましたけれども、女性だけの会を作るとその会だけが一人歩きして、良くないですね。瓊林会の中にそういう会があって活動するといいんでしょうが。

女性の核になるものをつくろう

(宮脇)
 そのことですが、実は女性の核になるものをつくろうということで、長崎の職域団体から推薦してもらって、十二人程度の女性だけのグループを作りました。その上に、この度女性の常務理事二人を設置して、彼女達を中心に瓊林会の活性化に一役買ってもらおうと考えております。
(福地)
 その十二人の核というのはいいですね。それは職域ですね。同期というのは、同期会というのがあって、その中で収まってしまいますからね。同期会に集まっても支部総会には集まらないということがよくあります。
(宮脇)
 そういう人が核になると、一人が二人と輪が広がっていくということになります。そういうところからはじめてみたいと考えています。

各支部活動の活発化と若い
人の活性化を

(司会)
 締めくくりとして、宮脇会長に新会長になられての抱負を聞かせて頂けませんか。
(宮脇)
 福地前会長さんには、百周年記念行事の成功と各支部に回られて瓊林会が活発化するよう尽力されたので、私はさらに各支部活動が活発化するよう努めてまいります。
それから先ほど話したとおり、若い人の活性化を図りたいということで、長崎支部の女性会員のワーキンググループを編成して、彼女たちの意見を参考にしながら、若い人の参加を促す方策を考えます。幸い、福地さんに名誉会長に就任いただいたので、お力添えを頂き、また副会長や理事さんたちの協力を得て、瓊林会が今後ますます発展していくよう努力してまいりたいと考えております。
(司会)
 長時間、貴重なお話を頂き、ありがとうございました。

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