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福地名誉会長講演内容(平成二十年六月七日、通常総会時)
「ビジネスマンライフ、半世紀から得た教訓」
会誌「瓊林」記事紹介(第113号より)
私は一九五七年に長崎大学経済学部を卒業し、同年アサヒビールに入社しました。それから今年で五十一年経ち、ビジネスマンライフが半世紀をこえました。年寄りが昔のことを思い出してあれこれ申し上げるのはあまり良くないのですが、五十年もやると、大切に感じたことをそれとはなしにメモしてきたものが三十項目以上たまりました。三十項目をここで披露すると三時間かかってしまうので、今日はそのうちの三つ四つをお話ししたいと思います。
先ず一番目は「破れない壁はない」ということです。私はビジネスマン生活を五十年してきて、妻から「あなたにはストレスはないの?」と言われます。しかし、人間というものにはストレスが無いはずはなく、入間が二人以上集まると必ずストレスが生じます。血を分けた親子でも、夫婦でもストレスはあるし、一人であったらストレスがないかというとそうでもありません。所詮人間は生きている限りストレスから開放はされないので
はないでしょうか。

私はストレスをなるべく持ち越さないようにはしています。ストレスを持ち越さないためにはどうしたら良いか。私は営業の経験が長かったわけですが、日曜日の夜の憂鬱さというものを何度となく経験しました。明日、会社に出てお得意さまのところに行くと、「相談していた例の件はどうなったか」と聞かれる。一方、社内ではその件は上司が承認ならぬ、と言っている。お得意さまと会社との間で板ばさみになって、何ともいいようがない、そのようなことが幾度もありました。社長になったらストレスはないか、というと、社長になっても、会長になっても、相談役になってもそれぞれの仕事でストレスがありました。
そのような訳ですか、振り返って考えてみるとずっと解決せずに五十年間持ち越してきたストレスというのは一つもありません。五十年間解決できなかった難問というものは無いということです。こうしたことから、天災等の自然現象はどうしようもありませんが、こと人と人の係わり合いの中での難問は「必ず解決する」と白分に言い聞かせています。少し以前に長崎県の教育委員会から依頼を受け、県立高校九校で生徒さんたちに話しをしたことがあります。その際、若い生徒の諸君に「君たち、これから悩むようなことに直面することも多いかもしれないが、死なないと解決しない悩みというものはないので、親からもらった自分の命を大事にして欲しい。
僕は五十年間働いてきて、当時はひどく思い苦しんだ悩みもあったが、結果的にはすべて解決してきた。」と話しをしました。しかし、何もせずに放っておいて解決してきたわけではありません。考えてみると解決のポイントは三つかなあと思います。それを紙に書いて白分の机の上敷きの下に挟みこんで時々眺めていましたが、「今まで通りでは解決できない」「今すぐには解決できない」「一人では解決できない」の三点です。
「今まで通りでは解決できない」というのは、人間はあることに思い悩んでいると、同じ道ばかり辿って他の道を考えようとしないことが往々にございます。例えば、恋をするとその人以外は全然見えないと一途になってしまいます。そうなると同じ悩み事でも解決の道がみつからない。冷静になってみると、他にも道がないかを考え、解決に至ることができる、ということです。次の「今すぐには解洪できない」というのは、物事を解決するにはおのずからタイミングというものがあるということです。大概の問題は、早くに手を打つにこしたことはないのですが、勝負事なら勝機というか、物事が上手くいくためにはタイミングというものが大切です。
最後は「一人では解決できない」。人間は生まれるときも死ぬときも一人です。所詮、最後は自分ひとりで決断をしなくてはいけないのですが、さりながら上司に相談する、親兄弟に相談する、友人に相談するといったように、人様の意見を聞いてそれを参考にすることができます。自分ひとりでは浮かばなかった良い考えも、人に相談することで浮かぶことがあります。こうした三点で、大体の問題は解決するということを若い人たちにも話をしています。
二つ目にお話しするのは「ナタでも切れる」。学生時代に初めて下宿を経験し、大村の下宿屋さんにたいそう頭の切れる友人と二人で下宿しました。頭の切れる人と一緒に住んでいると、あの人はすぐに出来てしまうのに、こっちはそう簡単にはいかない…というようなことがよくありました。しかし、長くビジネスマンとして何とかなってきたのは、カミソリでなくナタであっても、切り口はともかくも、何とか切れるのだということです。三年ほど前に北陸に出張をした際に、小松空港からの帰りの飛行機までに少し時間があったので、空港近くにある松井秀喜選手の野球記念館に立ち寄ったことがありました。そこでびっくりしたのは、入口に松井選手の大きな写真がありその上に「僕は不器用だから人一倍練習してやっと追いつける」と書いてありました。
あの大選手が僕は不器用だから人一倍練習してやっと追いつけると言っている。だからカミソリでなくても努力すればいいのだ、そういうことを改めて感じました。経済学部の学生時代も、試験勉強は人より早く着手しないと追いつけないタイプでした。アサヒビールの専務時代に、株主総会の担当の役員をしましたが、その時も三月末の総会に向けて正月休みから準備を始めました。カミソリほど切れ味が良くなくても、一回で切れなけれぱ三〜四回で切ればよい。切れ味鋭いカミソリである必要はない、ということをモットーにしています。
三番目は「惚れられるより惚れろ」ということです。どんな組織であっても人と人との係わり合いにおいては、会社の上下関係でも、友人同士、また恋人同士であっても、こちらが好きになっても相手が好きになってくれない、ということはよくあります。その時に、自分の相手への好きになり方が足りないと思えというのは難しいことですが、相手が好いてくれるまで好きになろうとするのだ、ということです。これは営業をしている場合のお得意さまとの関係にもいえると思います。支店長を務めていたときに、今でも忘れられませんが、ある大手飲食店チェーンの社長さんのところに前任者と引継ぎの挨拶に行きました。その社長は私の目を見て話しをしてくれない、私の前任の支店長の顔ばかり見て話しをなさる。私をまったく無視される。しかし半年経ち一年経つうちに、その社長と心からのお付き合いができるようになりました。そこに至るまでには、社長の白宅にも良く通いました。
無視もされましたが、正月は一月二日から自宅にうかがって、上がりこんでご馳走になったりもしました。人間というものは相手の懐に飛び込んでいけば、心を開いてもらうきっかけが生まれるものです。こちらが飛び込んでいくのが先です。こちらが好きになっても必ずしも好いてくれるわけではない。しかし、こちらが嫌いだと思ったら、間違いなく相手は自分を嫌いだと思っているでしょう。嫌いだとは言わなくても、目は口ほどにものを言いというように、表情や行動に出てきます。営業で相手先を訪問して、社長がいらっしゃるかを訊ねて不在だと聞くとホッとする。もしいらっしゃれば話しもそこそこで滞在時間が短くなる。週に一回は訪問するべきなのに、十日に一回、二週間に一回になる。相手はおかしいなと思います。そうしたことで両者の間に溝ができる。こうしたことから、私は「惚れられるより惚れろ」ということを対人関係のモットーにしています。
四番目に「デジタルとアナログの融合」ということについて少しお話しします。私は、デジタルはアナログを実現するための手段であると考えています。「鬼に金棒」という言葉がありますが、アナログという強い鬼がデジタルという金棒を持てばもっと強くなる。ただ、この頃、鬼が金棒に振り回されているのではないか、鬼が金棒を持ったがために鬼の体力が弱ってきてしまっているといった感じがします。大阪大学の総長と懇談をする機会があった際、こういう話を聞きました。お医者さんの診察では、先ず患者の顔色を見る、次にベロを出させて舌を見ます。これは視覚を使っています。それから聴診器を当てる。これは聴覚です。次に触診をする。これは触覚です。人間の五感のうち三つを使って患者さんを診る。その次に検査のデータを見る。
人間のアナログ的な診察で全体像をつかみながら、より詳しいデジタルのデータをみるというようなやり方が望ましいらしいのですが、近頃はデータから先に入るということが多くて、アナログ的な診察が疎かになっている。総長は、そうしたことを話しておられました。
嗅覚について、フランスの某社が六十種類の匂いをデジタル数値に置き換えることに成功したという話しが、以前新聞に出ていました。匂いの区別や表現はきわめて難しいといわれていますが、六十種類の匂いを言葉で表現し分けることはなかなかできないでしょう。ただ機器に頼って数値化することに安心し、そもそもの嗅覚やそれを微妙な違いを表現する力も退化してしまうのではないでしょうか。実際、人間の五感は退化していると聞きました。
最後に「現場には感動がある」ということについて少しお話します。私はNHKにまいりましてから、先ずは現場を歩こうということで、長崎放送局を始めとしてこれまでで十五局くらいの各放送局を廻りました。また放送技術研究所などにも行きました。研究所でNHKが開発した超高感度カメラの説明を受けました。肉眼で見ると真っ暗い中に何か人影らしいものが見えるといった程度のものが、このカメラの映像を見ると着物の柄まで鮮明に見える。先般、漁船に自衛隊のイージス艦が衝突するという大変不幸な事故がありましたが、事故の後の捜索で、水深一八〇〇メートルの海底に漁船の旗が沈んでいるのが発見され、その映像がテレビでも報道されていました。それもこの超高感度カメラの映像だそうです。この感度は、写真のフィルムの感度で使うASAで言うとどれくらいなのかと訊ねると、フィルムでは普通使うのはASA一〇〇とか四〇〇とかですが、このカメラの感度は五万だ、と聞いて驚きました。
それから「ダーウィンが来た」という番組で、バシリスクというトカゲが水面をトントンと走っていく映像が紹介されていましたが、あれは超高速度カメラで撮影をしています。そのカメラは一秒間でどれくらいの画像処理を行っているのかと訊ねましたら、一秒間という僅かな間に百万枚の画像処理をしているということでした。にわかに想像もできないレベルです。また、今研究をしているスーパーハイビジョンテレビは、走査線が四五〇〇本あるといいます。現在普及してきたハイビジョンは走査線が一一二五本ですから、あの鮮明なハイビジョンの四倍あることになります。
川口にNHKのアーカイブスセンターがあります。過去に放送したニュースや番組が、合計四六〇万本保存されていて、その数は今も増えています。このアーカイブスは、NHKの財産というより国の財産であるといえるでしょう。
そこに保存するアーカイブスの中で一番古いものは何かと聞くと、十九世紀のもので、かつてBBCから購入した、ライト兄弟がドーバー海峡を飛行機で渡る映像でした。こうして現場を廻ると色々な驚きや感じることがあります。
現場から色々なことが生まれてくるということで、私は「現場で、現物を、現実に」という三現主義を経営のモットーにしています。私は東京芸術劇場の館長も務めていますが、劇場の職員に「この劇場ができた当時は、良い出し物をすればお客様が来てくれた。でも今はわざわざ地下鉄に乗って池袋まで出かけなくても、自宅の部屋で高音質の音響機器で音楽を聴けばとても良い音が聴ける。
テレビの画質も大変鮮明になった。それでも劇場まで足を運んで下さるものは何かというと“感動”である。現場には手のぬくもりとか共感とか感動がある。そういった現場でしか味わえない感動をわれわれは提供しないといけない。」という話しをしました。 こうしたことで、現場を大切にするというのが私のモットーです。
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